大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 平成2年(わ)73号 判決 1990年7月25日

本店の所在地

長崎県北高来郡小長井町井崎名七一五番地

株式会社有明商事

右代表者代表取締役

中村一喜

本籍

長崎県北高来郡小長井町井崎名六一八番地

住居

右同所

会社役員

中村一喜

昭和二三年三月六日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官平山龍徹出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社有明商事を罰金三〇〇〇万円に、被告人中村一喜を懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人中村一喜に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社有明商事は、長崎県北高来郡小長井町井崎名七一五番地に本店を置き、海砂・砂利の採取販売業等を営むもの、被告人中村一喜は、同会社の代表取締役として、同会社の業務全般を統括するものであるが、被告人中村は、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するとともに、架空の原材料仕入れ、運賃、外注加工費を計上する等の方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六〇年六月一日から同六一年五月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額は一億二三七五万二九八一円で、これに対する法人税額は五一九七万三九〇〇円であつたにもかかわらず、同年七月三一日、同県諫早市永昌東町二五番四五号所在の所轄諫早税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額は一八六二万六七三一円で、これに対する法人税額は六四五万四三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額との差額四五五一万九六〇〇円を免れ

第二  昭和六一年六月一日から同六二年五月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額は一億一三七二万五八八四円で、これに対する法人税額は四五二五万一八〇〇円であつたにもかかわらず、同年七月三一日、前記諫早税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額は四四四〇万二九四六円で、これに対する法人税額は一六一七万五七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額との差額二九〇七万六一〇〇円を免れ

第三  昭和六二年六月一日から同六三年五月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額は一億七三五四万五四六二円で、これに対する法人税額は六九九一万四三〇〇円であつたにもかかわらず、同年八月一日、前記諫早税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額は九四八二万八三〇二円で、これに対する法人税額は三六八六万八四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額との差額三三〇四万五九〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人中村一喜の当公判廷における供述

一  被告人中村一喜の検察官(二通)に対する各供述調書(乙12、13)

一  被告人中村一喜の大蔵事務官に対する質問てん末書一一通(乙1ないし11)

一  飯野豊太郎(甲13)、中村ミズヱ(四通、甲14ないし17)、杉野シゲ子(四通、甲18ないし21)、小橋龍夫(甲25)、時任節男(甲48)及び塚本保(甲49)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  中村ミズヱ作成の上申書(甲22)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書九通(甲23、31、32、34、35、39、40、42、43)

一  大蔵事務官作成の査察官報告書二通(甲36、50)

一  検察事務官作成の電話聴取書(甲6)

判示第一の事実について

一  桃野浩の大蔵事務官に対する質問てん末書二通(甲27、28)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲3)

一  押収してある昭和六一年五月期の法人税確定申告書及び法人税修正申告書各一通(平成二年押第二四号の1、4)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(甲33)

判示第一、第二の各事実について

一  村岡政純の大蔵事務官に対する質問てん末書(甲29)

判示第一、第三の各事実について

一  小橋龍夫の大蔵事務官に対する質問てん末書(甲26)

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲4)

一  押収してある昭和六二年五月期の法人税確定申告書及び法人税修正申告書各一通(平成二年押第二四号の2、5)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(甲24)

判示第二、第三の各事実について

一  杉野シゲ子の大蔵事務官に対する質問てん末書(甲45)

一  立山朱美の大蔵事務官に対する質問てん末書二通(甲46、47)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(甲41)

判示第三の事実について

一  鳥部利勝の大蔵事務官に対する質問てん末書(甲30)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲5)

一  押収してある昭和六三年五月期の法人税確定申告書及び法人税修正申告書各一通(平成二年押第二四号の3、6)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書二通(甲37、38)

(法令の適用)

被告人株式会社有明商事(以下「被告会社」という。)及び被告人中村一喜(以下「被告人」という。)の判示各所為は、各事業年度ごとに法人税法一五九条一項(被告会社については、さらに同法一六四条一項)に該当するところ、被告会社については情状に鑑み同法一五九条二項を適用し、被告人については所定刑中懲役刑を選択することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、被告会社については同法四八条二項により合算した金額の範囲内において罰金三〇〇〇万円に、被告人については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重いと認める判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において懲役一年六月にそれぞれ処し、被告人に対しては情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間、右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

いうまでもなく租税は所得のある者がその担税力に応じて等しく負担すべき義務があり、これによつて国家財政が成り立つものであるところ、申告納税制度は納税者の良心と良識とを尊重して採用されているものであるから、所得を偽り、不正に税を免れる行為は誠実な納税者等を被害者とする反社会的かつ反道徳的な犯罪ということができ、また、かかる所為は大多数の善意の納税者の納税意欲をはなはだしく阻害させるものであつて、社会に与える悪影響も著しいといわざるをえず、右行為を意図し実行したものの刑事責任は厳しく追及されなければならないところ、本件犯行は、海砂・砂利の採取販売等を業とする被告会社の経営者である被告人が、昭和六一年五月期から同六三年五月期までの三事業年度にわたり、被告会社に関し、合計二億五三一六万円余の所得を秘匿し、合計一億七六四万円余の法人税を免れた事案である。逋脱額は右の通り多額であつて、その逋脱率は三事業年度平均六三・七四パーセントの高率であり、なかでも昭和六一年五月期の逋脱率は八四・九四パーセントもの高率にのぼる。してみると本件犯行による国庫に対する損害の程度及び均衡負担義務の侵害の程度は共に高いものといわなければならず、また犯行の手段方法は天龍興業に対する架空の原材料仕入、運賃及び外注加工費の計上、桃野浩商会に対する架空の原材料仕入の計上、及び個人等に対する砂利販売代金の売上除外などであるところ、被告人は右架空原材料仕入等の計上につき経理担当者にその方法を指示したうえ、資金の融通先である天龍興業や、被告会社の下請け先である桃野浩商会等の関係取引先に対しては、被告会社の内容虚偽の帳簿にあわせた領収書を貰い受けたり、白地の領収書を貰い受けたうえで虚偽の記載をする等して虚偽の徴憑類を作出するという巧妙かつ悪質なものであり、被告人は本件犯行につき計画から実行に至るまで中心的役割を果たしていることに鑑みれば、その刑事責任は重いものといわなければならない。犯行の動機について見るに、被告人は不況時に備えて隠し財産を作つておこうと考えた旨供述しているが、被告会社は景気に影響されやすい業種であるということから将来の不況に備える準備をしておくことは当然だとしても、脱税という不正な手段によつて隠し財産を保有し将来に備えようという被告人の本件犯行の動機は短絡的であり、しかも被告会社は被告人と被告人の親族が重役を占めるいわゆる同族会社であつて被告会社の利益と、被告人の利益は共通する面が大きいことを考えれば、つまるところ被告会社の為に隠し財産を持つということは私利私欲を追求し自己の利益を拡大することに帰するのであつて、格別斟酌すべきものとは言えない。また被告会社の業績が好転したとたんに将来の不況に備えて脱税という不正な手段で財産を貯えようとしたことは被告人の納税意識の希薄さを物語るものである。被告人には砂利採取法違反、船員法違反、船舶安全法違反、道路運送法違反等の前科が存するがこれらは、いずれも利益の為には法律違反も辞さないという被告人の遵法精神の鈍摩が窺われ犯情悪質である。

しかしながら、本件においては違反に伴う修正本税、重加算税、延滞税等相当の金員がすでに納付済みであること、被告人は特段の罪証湮滅行為をしておらずまた国税局の査察にも素直に応じる等本件犯行につき真摯に反省している態度か窺われること、被告会社の経理体制の改善による再犯防止の為の努力が期待できること、同種前科はないこと、被告人は被告会社の事業経営上欠くべからざる立場にあること、新聞等により本件事件が報道されたり、取引先との信用を失墜する等の社会的制裁を受けていること、被告会社は地元の地場産業としては最大の会社であり、従業員は約八〇名でその多くが地元小長井町出身の妻子を抱える従業員であつて、近隣地域内における取引先も多いこと等、地域社会に対する被告会社の社会的貢献も認められること等被告会社及び被告人の酌むべき諸情状を考慮すると主文の通り量刑するのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 玉城征駟郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例